行く先々でよく聞く「昔はもっとやっていた」の正体とは?
現場で今なお響く「昔はもっとやってた」という言葉
金型メーカーや機械加工メーカーの現場を回っていると、経営幹部やベテラン層からしばしば耳にするフレーズがあります。
「昔はもっとやってた」「昔の人は今の倍くらい段取りを仕掛けていた」「昔の人は今の倍くらい機械を回していた」──こうした言葉です。
一見すると「世代間の愚痴」や「精神論の押し付け」のようにも聞こえますが、むしろ、この言葉の裏側には、現代の製造業が直面している“構造変化のサイン”が潜んでいるのではないかと思うのです。
このコラムでは、「昔はもっとやってた」という抽象的なモヤモヤの正体を丁寧にひも解き、これからの時代に求められる現場マネジメントのあり方を考えていきたいと思います。
良かれと思って進めた効率化がもたらした「現場のブラックボックス化」
先日訪問したクライアント企業で、その会社の製造部長と初めて対話した際のエピソードです。
その会社は、非常に多くの品数を扱う多品種量産部品を手掛けています。
かつては、10分単位で区切られた表にガントチャート形式で矢印を引き、その日その時何をやったかを記録する日報を忠実に運用していました。
しかし時代の流れとともに、「無駄な間接作業を減らそう」という方針が強まり、次第に日報は簡略化されていきました。
生産されたロット数に加え、作業の種類ごとに開始・終了時刻だけを記録し、途中で中抜けがあってもそれは記載しない──作業時間の記録は、そのような大まかな形式へと変わっていったのです。
当時は、もちろん良かれと思って進めた効率化でした。
しかしその結果、実際には1個当たりの製品単価(原価)の集計をしても、そのベースとなるデータが『本当の時間』ではないため、集計された単価そのものが信用できないという事態に陥ってしまったのです。
原価の数字が信用できなくなれば、正しい経営判断などできません。
データが形骸化した現場では、機械の自動運転中や段取りの合間に発生する「手待ち(ぶらぶら)時間」の存在に頭を悩ませつつも、「今の人にそこまで細かく求めると反発されるのでは……」と踏み込めない悪循環が起きていました。
この製造部長との会話のあと、ふと「そういえば、他の金型メーカーや機械加工メーカーでも、同じような話を聞くな」と思い至りました。
どこへ行っても、ほぼ同じ悩みが語られる。
それほどまでに、これは現代の製造業全体に共通する、根深い構造的課題なのだと強く感じました。
これが、今回このテーマを取り上げた理由でもあります。
なぜ、現場から「個人の戦闘力」が見えなくなったのか?
ベテランが若手に物足りなさを感じる背景には、個人の怠慢ではなく、以下の「労務環境」と「技術システム」の劇的な変化が存在すると私は考えています。
① 時代を超えた「共通のものさし」の不在
今も昔も、製造業においてあるべき「ものさし」は収益であり、出来高であるはずです。
ハード・ソフトの進化によって、会社全体の出来高が昔より増えているケースであっても、なぜか現場からは「昔の人はもっとやってた」という言葉が出ます。
この矛盾を生む最大の要因こそが、時代を超えて共有できる「共通のものさし」が存在しないことだと私は考えています。
的確な指標がないため、ベテラン層はどうしても「過去の自分たちの働き方(苦労の量や残業時間)」を基準に若手を評価してしまい、結果として、抽象的な精神論に陥りがちになると考えています。
仮に会社の収益が過去よりも落ち込んでいるとしたら、なおさら「個人ごとの出来高」というものさしで測らなければ、どこで利益が漏れているのか(ボトルネック)の特定すら難しいはずです。
② 技術・教育面:ブラックリスト方式からホワイトリスト方式へのパラダイムシフト
かつては「これだけはやるな」というNGだけを教え、あとは個人の裁量と職人技に委ねる「ブラックリスト方式」の教育・管理が主流でした。

個人の創意工夫がダイレクトに結果に現れ、個人の技能差が強烈に可視化されやすかったため、怪物のような多能工が生まれやすい環境でした。
逆に現代は、分業化したプロセスが主流であるため、「決められた標準作業」通りにやらせる「ホワイトリスト方式」でなければ各工程が混乱してしまいます。
しかし、これは全員の技能を標準へと均一化する仕組みでもあるため、どうしても個人差や突出した戦闘力が見えづらくなります。
ベテランの記憶にある「過去の超マルチ職人」と、現代の「ホワイトリストで守られた標準的な技能」を単純比較してしまうからこそ、「物足りなさ」を感じやすくなっているのではないでしょうか。
その他にも、工作機械の熱変位制御など、ハード・ソフトの進化も、この「苦労と個人技の見えづらさ」に拍車をかけていると私は考えています。
③ 労務マインド面:限られた時間と「タイパ」への適応
社会保険料や所得税の上昇により、額面を増やしても「手取りの限界」が見えやすくなりました。
さらに転職のハードルも下がり、企業が人材確保に向けて働く環境を見直す動きが強まる中、働き方改革による労働時間の短縮(タイパ・コスパ意識)が浸透しています。
現場で居残って勉強や練習に時間をかけることが物理的に難しくなり、個人の戦闘力を引き上げる機会そのものが削ぎ落とされている現実も見逃せません。
「毎日1枚の日報」と「売価に左右されない評価」の二軸管理
では、この見えない「個人の戦闘力」をどう引き出し、評価すればよいのでしょうか。
① 逆転のロジックで現場の納得感を生む
先ほどのクライアント企業の事例における日報のエピソードでは、現場の若手からすれば「品質も納期も問題ない。これ以上に一体何をやるんだ?」と思われるかもしれません。
しかし、会社としては「ただ回っている」だけではなく、「会社が儲けていくための管理」が必要であることを理解してもらわなければなりません。
この多品種量産におけるブラックボックスを解消するため、私は前述の企業に対して「個別原価のモニタリング」のための日報の精緻化を助言し、その取り組みがスタートしました。
一見すると、会社の収益が厳しい時こそ、間接業務である日報にかける時間は削るべきだと思いがちです。
しかし、その“逆”が正解となる場面が実は多いのです。
収益が厳しいからこそ、かつてやっていた10分単位の精緻な日報による見える化が必要になります。
現場には次のように説明します。
「この日報は、『サボりの監視』を目的としたものではありません。多品種にわたる製品ごとの個別原価を正確に把握し、より安く、より良い製品をつくり、確実に利益を確保するための“健康診断の数値”として活用するものです。
会社という“身体”の状態を改善するには、まず正しい数値を把握することが不可欠です。だからこそ、会社の現状を共有し、改善につなげていくために、この取り組みを行っていきます。」
このように、日報の位置づけを「利益を生むための管理」へと明確に再定義することで、現場にも取り組む意義を理解してもらいやすくなります。
② 『毎日一枚提出する日報』と『売価に左右されないモチベーション管理』
金型・部品加工業界では「見積もりのため」の製品・機械軸の日報や、量産の「トレーサビリティのため」の日報が使われがちです。
これらは、放っておくとどうしても「必要最小限の記録」に退行しやすくなります。
しかし、会社の全体での効率性、特に「個人の生産性や効率性」にまで着眼するのであれば、やはり入り口として「毎日各作業者が一枚提出するタイプの日報」の採用が向いています。

これにより、製品軸の管理だけでは見えなかった「手待ち(ぶらぶら)時間」を含む、個人の1日8時間の動きが可視化されます。
そして、このように可視化されたデータを基盤として、次の段階の管理や目的へと進むために欠かせないのが、いわば“次なるステップ”です。
多くの会社では、日報のデータを「時間(工数)」で集計し、貢献度を測ろうとします。しかし、それでは本当の貢献度が見えにくい。時間だけで測るのではなく、「金額換算」へとステップアップさせることで、誰がどれだけ会社に貢献したかが圧倒的に分かりやすくなります。
ただし、ここには大きな落とし穴があります。
「実際に作業にかかった実績時間」をそのまま金額換算してしまうと、極端な例では「ゆっくり作業した人ほど時間が長くなり、結果として貢献額が大きく見えてしまう」という致命的な矛盾が生じてしまうのです。
真面目に早く終わらせた人が損をする現場になっては、モチベーションは崩壊します。
この矛盾を解消するために絶対に外せないのが、あらかじめ社内で設定した「標準工数(予定工数)」をベースにした管理です。



現場の努力とは無関係な受注売価の良し悪しに左右されることなく、社内で定めた適切な予定工数と金額換算の仕組みを基準とすること。
そのうえで、チーム全体という曖昧な単位ではなく、「個人ごとの貢献度」を、誰もが納得できる共通言語である“金額(円)”として明確に示すこと。
これこそが、分業化が進んだ現代の現場において見えづらくなった個人の戦闘力を正しく評価し、次のステージへ進むための、私が推奨する具体的なステップです。
チーム成果の罠を払い、最後は「人間」に着目する
昨今、「チームとしての成果」を重視する考え方は主流であり、決して否定すべきものではありません。しかし、工程を細かく分割する“分業化”が進んだ機械加工の現場などでは、設計や組立とは異なり、個々の成果や戦闘力が組織全体の数字に埋もれやすいという構造的な課題があります。
「昔の人間はもっとやっていた」という抽象的なモヤモヤを払拭するための切り口こそ、分業化と平準化によって見えにくくなった個人ごとの成果・戦闘力を正しく見える化することだと私は考えています。
どれほど最新の工作機械が進化し、優秀なAIやソフトが登場しようとも、それらを動かし、段取りを組み、現場に命を吹き込むのは、結局のところ「人間」です。
システムという影に個人の力を埋もれさせず、共通のものさしで正当に評価する。
その仕組みこそが、新時代の“強い現場”をつくるための最良の処方箋だと私は思うのです。
今回のコラムも、皆さまの現場づくりの一助となれば幸いです。
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金型・部品加工業 専門コンサルティング
代表:村上 英樹(中小企業診断士)
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