「教える」と「学ぶ」の両輪で、個と組織を成長させる(型技術2024年9月号掲載)
金型メーカーや機械加工メーカーの現場においては、技術やノウハウの継承が企業の存続と発展にとって重要な課題である。しかし近年、人材不足や技術力の低下が深刻化している現場も見受けられ、従来の「見て覚えろ」といった経験主義の教育方法では、個々の成長や組織全体の活性化は期待できない。
今回は、「教える」ことをテーマとした筆者の二つのコラムを基に、現代の現場に必要な技術者教育のあり方を考察する。
テーマ①【事例企業にみる間違ってしまった仕事の教育観念:経験主義は本当に正しいのか?】
筆者は金型・部品加工業専門コンサルタントとして、日々様々な企業と接する中で、仕事に対する教育観念の重要性を痛感している。本稿では、あるクライアント企業の事例をもとに、経験主義教育の落とし穴と、体系化された教育の重要性について考察する。
経験主義教育の落とし穴:戦場への早すぎる投入
本稿で取り上げる事例企業の現場リーダーは、単品部品加工業という性質上、常に新しい加工品を扱うため、経験のない若手人材の育成には「過去の題材を使った教育は意味がない」と主張していた。その結果、機械やCAMの基本操作習得後は、いきなり実戦本番となり、ひたすら経験を積み重ねるという教育方法が採用されていた。
確かに、実務経験は重要である。しかし、この強い経験主義教育には大きな問題点がある。それは、個人の習得センスに依存してしまうため、習得レベルや習得ペースに個人差ができてしまうリスクがあることだ。
これは、資格試験に例えると、過去問を一切解かない方針と同じである。過去問は、試験問題の傾向や解き方を理解する上で非常に有効なツールである。
同様に、金型メーカーや機械加工メーカーの現場仕事においても、経験豊富な先輩から学び、自社の過去ノウハウを身に着けることは、戦術や戦略を学ぶことに等しいと言える。操作習得からいきなり実戦本番では、戦術や戦略を学ばず、いきなり戦場へ放り込まれるようなものである。
実際、事例企業の現場リーダー自身も、「自分の場合は、先輩から加工の仕方は教えてもらわず、機械やCAMの操作をメーカーサポートから聞いただけで、後は実戦で覚えてきた」と語っていた。しかし、その経験に基づいた方針で部下を教えていた結果、おとなしい若手加工者ほど、思ったように育たず、会社から問題視されていた。
体系化された教育の重要性:ノウハウの継承と人材育成
経験主義教育は、個人の努力や才能を重視する一方で、体系的な教育の仕組みを軽視する傾向がある。しかし、企業が持続的に安定して成長していくためには、個人の経験だけでなく、過去の成功体験をきちんと体系化し、それを共有していくことは不可欠である。
金型メーカーや機械加工メーカーの現場においては、以下のような方法が有効であると考えられる。
技術の標準化:過去の経験に基づいたノウハウを体系的にまとめ、標準的な作業手順・加工手順として定める。
チュートリアルの整備:本番を想定した練習課題は必要であり、理想を言えば、過去問題を解きながら、先輩のノウハウを習得できる、チュートリアル形式の練習課題を用意するのが望ましい。さらに、今後新たに受注していくと思われる、新しい案件に対応していくための内容を想定した、課題と答えも盛り込むことが理想的である。
これらの取り組みによって、若手人材のセンスに頼らない指導ができ、人材教育の失敗を防ぐことができる。
まとめ①
経験主義教育は、個人の努力や才能を引き出すというメリットがある一方で、安定した教育成果を期待することが難しく、個人の習得スピードや理解度に差が生じ、最悪の場合、人材教育に失敗してしまうリスクもある。
企業が持続的に成長していくためには、個人の経験だけでなく、過去の成功体験を体系化し、共有していく仕組みを作ることが不可欠である。技術の標準化やチュートリアルの整備など、体系的な教育制度を構築することで、より多くの人材を効果的に現場に投入していくことに繋がると考えられる。
本稿で紹介した事例を参考に、読者企業の皆様におかれては、自社の教育観念を今一度見直してみてはいかがだろうか。経験主義のメリットとデメリットを理解し、体系化された教育制度を構築することで、より多くの若手人材を育成し、企業の成長を支えることに繋がると思われる。参考になれば幸いである。
テーマ②【改めて「教える」ことの価値について】
本稿では、金型・機械加工メーカーにおける「教えること」と「学ぶこと」の価値について考察する。特に社内OJTを想定しており、教える側と教えられる側の意識を中心に考察する。
教える側の葛藤と教えられる側の意識
現代社会において、知識やスキルは「お金で買う」ことが一般的になりつつある。学習塾や資格学校などがその例である。
極端な解釈をすれば、これは「教えてもらうことに感謝」よりも、対価に見合う情報獲得を重視する時代だと言える。
しかし、会社で仕事を教わる部下や後輩は、対価を支払っていると言えるのだろうか。また上司や先輩は直接対価をもらうわけではないので、奉仕で教えているのだろうか。
筆者が考えるに、多くの部下・後輩の方々は、新しく仕事を覚えること自体を「仕事の一部」と捉えていると思われる。そのため、感謝の気持ちを感じるのは難しいと考えられる。
さらに、多くの金型メーカーなどで聞く、「新しい仕事を覚えたら、さらに仕事が増える」という言葉は、新しい仕事を「覚える」こと自体を仕事の一部と捉えていることを表していると思われる。
しかし、仕事で活かす知識やスキルは、市場価値を生み出す「飯のタネ」である。金型・機械加工メーカーで覚えた知識やスキルは、転職の際にも強力な武器となる。
にもかかわらず、近年では「教えてもらうのは当たり前」「教えてもらうのも仕事の一部」という風潮が強まりつつあり、この背景には、以下の点が考えられる。
- 教えられる側の心理状況
- インターネット検索による情報アクセス容易化
- 分業化された工程における即効的な成果の追求
こうした風潮は、教える側と教えられる側の双方にジレンマを生み出し、社内で「教えること自体」の価値が軽視される傾向となっている。
この風潮を打開するために
この風潮を打開するためには、教える側と教えられる側が、きちんとゴールを共有することが重要である。
教える側は、単に知識やスキルを伝えるだけでなく、「教えた結果、何が出来るようになったのか」にコミットする必要がある。
例えば、マシニングセンターの加工であれば、「1日何枚加工できるようになった」「どのような加工が可能になった」といった具体的な成果を設定し、双方が責任を持って達成に向けて取り組む。
教えられる側は、教わることを「権利」ではなく、先輩方が苦労して得てきたものを伝授してもらえる貴重な「機会」だと捉えることが重要である。
OFF-JTとOJTは、やはり異なる認識を持つべきである。
会社全体としての取り組み
会社全体として、社員一人ひとりが「教えること」と「学ぶこと」を価値あるものと捉える風土作りが必要である。
具体的には、テーマ①の対策と同じ、個人差を生まないための技術の標準化・実戦を想定したチュートリアル教材の充実といった取り組み、それに加え、「教える側」と「教われる側」双方の評価(研修後の目標管理)をしっかり整備することが必要である。
まとめ②
会社は「学ぶ場所」であると同時に「成果をあげる場所」でもある。
教える側と教えられる側が互いにこれを意識して、尊重し合い、協力し合うことで、個々人の成長だけでなく、会社組織全体の成長・発展に繋がっていくと言える。
読者企業も、社内での「教えること」と「学ぶこと」の価値を改めて見直し、教える側と教えられる側、双方が気持ちよく教育活動に取り組める環境づくりを目指してみてはいかがだろうか。
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コラム投稿者
金型・部品加工業 専門コンサルティング
代表:村上 英樹(中小企業診断士)
愛知県刈谷市 TEL 0566-21-2054