経営者のジレンマ─現場に伝えたい「感謝」と「本音」の境界線(型技術2026年8月号掲載)
金型メーカーの経営において、最も頭を悩ませる問題の一つが「人の評価」である。
特に深刻な人手不足とコスト増に直面している現在、従業員のモチベーションを維持しつつ、いかにして収益性を高める評価制度を構築するかは、企業の存続に直結する命題だ。
中小企業診断士として多くの金型・部品加工メーカーを支援する中で、筆者は経営者が抱える「ある種のジレンマ」を目の当たりにすることが多い。それは、現場の頑張りに対する「感謝」の気持ちと、経営として求めざるを得ない「本音」の生産性との間にある深い溝である。
本稿では、金型メーカーが「伸びる企業」へと脱皮するために避けて通れない、評価の本質について考察したい。キーワードは、「『できる』が必ずしも『稼げる』に直結しない」こと、そして「『やってくれたら嬉しいこと』が、必ずしも会社が『やって欲しいこと』ではない」という二点である。
「技量」と「成果」のどちらに報いるべきか
以前、ある金型メーカーの賃金体系見直しをお手伝いした際、興味深い議論が巻き起こった。
現場作業者側からの要望は、「スキルマップで定義された技能レベルが上がった際に昇給してほしい」というものだった。対して経営者側は、「わが社は短納期対応を売りにして利益を上げている。したがって、仕事の速さや時間当たりの出来高を評価基準にしたい」と主張したのである。
一見すると、どちらの言い分も正論である。しかし、経営コンサルタントの立場から言えば、経営者が「気持ちよく」対価を支払えるのは、明らかに後者の「成果(出来高)」に直結したパフォーマンスである。
例えば、技量レベルの向上を基準にする場合を考えてみる。「どんな複雑な部品でもTIG溶接ができるようになった」「凹凸形状を問わず鏡面磨きを完遂できるようになった」「一人でほぼ全ての金型補修をこなせるようになった」。これらは素晴らしい技能であり、職人としての価値は高い。
しかし、もしその高技能者が、一つの作業に標準時間の倍の時間をかけていたとしたらどうだろうか。あるいは、その技能が発揮される場面が年に数回しかなかったとしたら。会社としての収益貢献度は、必ずしも給与の上昇分に見合わない可能性が出てくる。
一方で、成果を基準にする場合はこうだ。「一カ月あたりのマシニング加工枚数が一定ラインを超えた」「設計リードタイムを平均で20%短縮した」「チーム全員の平均よりも加工時間を数日短縮した」。これらの指標は、そのまま受注量の拡大やコスト削減に直結する。昇給によって総人件費が増えたとしても、それ以上の付加価値が創出されているため、経営的な理屈が非常に通りやすい。
ここで重要なのは、「技量」はあくまで成果を出すための「手段」に過ぎないという視点だ。もちろん、難易度の高い加工を行うには相応の技量が必要であり、スキルアップは欠かせない。
しかし、その目的はあくまで「より多くの出来高を、より短期間で、より高品質に提供すること」にある。従業員に対し、「〇〇ができるようになったから給料が上がる」のではなく、「〇〇ができるようになり、その結果として加工数がこれだけ増えたから給料が上がる」というロジックを浸透させることが、伸びるメーカーの第一歩である。
「頑張り」の定義を再考する
次に考えたいのが、「頑張り」の質についてである。金型メーカーの経営者から「あいつは本当によく頑張っている」という言葉を聞くとき、そこにはしばしば「忠誠心」や「自己犠牲」に対する感謝が混じっている。しかし、ここにも経営者のジレンマが潜んでいる。
ある会社に、ワイヤーカット専任のオペレーターがいた。彼は非常に勤勉で、加工が立て込めば土日であっても休日出勤を厭わない。自宅が近いこともあり、わざわざ段取り替えのためだけに会社に顔を出す。社長は彼のその姿勢を「忠義に厚い」と高く評価していた。
一方で、筆者が支援している別の会社では、全く異なる光景が見られた。そこでもワイヤーカット加工が行われているが、オペレーターは定時退社が基本で、休日出勤もほとんどない。なぜなら、その現場では「多数個掛け」が徹底されているからだ。テーブルの形状を活かし、一度の段取りで最大四個のワークを仕掛ける。サブプログラムを駆使し、無人稼働時間を最大化する工夫がなされている。
前者の「休日出勤をするオペレーター」と、後者の「仕組みで解決するオペレーター」。経営者が「個人的に嬉しい(感謝したい)」のは前者かもしれないが、会社が「真にやって欲しい(利益に貢献する)」のは後者である。
休日出勤を厭わない姿勢は尊いが、その本質が「プログラムが読めないために一個ずつしか仕掛けられない」というスキル不足を時間でカバーしているだけだとしたら、それは組織としての成長を阻害する要因になりかねない。残業代や休日手当が発生する分、むしろ効率の悪い作業者の方が高い給与を得てしまうという逆転現象さえ起こり得る。
実は、筆者がかつて会社員を辞め、中小企業診断士を志したきっかけもここにある。当時、非常に真面目で土日も返上で設計や加工に打ち込む同僚がいた。彼は前任者のやり方を愚直に守り続けるタイプで、改善という言葉には無縁だった。一方、筆者は中学生の頃からプログラミングに親しんでいた背景もあり、現場ではNC機のプログラムを中心に改善や効率化に積極的に取り組んでいた。しかし、当時の上司が評価したのは、改善に取り組む姿勢ではなく、「土日に出勤している」という目に見える態度の方だったのである。
この経験からも筆者が学んだのは、ビジネスにおける「誠実さ」と「成果への貢献」は切り分けて考えなければならないということだ。
金型づくりは今や、個人の根性論だけで勝てる時代ではない。Gコードを読み解く、多数個掛けを標準化する、治具を内製して段取り時間を削る。そうした「知的な努力」を伴う改善こそが、真の意味での「頑張り」として評価されるべきである。
昇格がもたらす組織の変容
この評価基準の差は、個人の給与だけでなく「昇格」においても決定的な違いを生む。
技量レベルを主眼に置いて昇格を決めると、往々にして「腕は良いが無口な職人タイプ」が管理職に就くことがある。彼らは背中で語ることはできるが、組織全体の出来高を最大化するマネジメントには不慣れな場合が多い。
対して、出来高や効率を基準に昇格を判断すれば、自らの手技に固執せずとも、いかにしてチーム全体の稼働率を上げるか、どうすればリードタイムを短縮できるかを考え、指揮できる人材がリーダーとなっていく。 現場の職人からは「あいつは自分では削れないくせに」といった反発が出るかもしれない。しかし、管理職という職責における価値は、個人の技量とは別の指標で測られるべきだ。
例えば、一人が突出した技量で百の成果を出す個人プレーよりも、個々の能力を最適に組み合わせることで、チーム全体として「十人の力の合計を上回る成果を引き出す能力である。組織全体の付加価値を高めることこそが、管理職に求められる役割だからだ。
経営者は、現場への感謝の気持ちを持ちつつも、評価の瞬間には冷静な「経営者としての目」を持たなければならない。情に流され、非効率な頑張りを美徳としてしまえば、それどころか真に改善を志す優秀な社員ほど、その職場に失望してしまうかもしれない。
まとめ
スキルマップによる人材育成は重要だ。土日に対応してくれる社員への感謝も忘れてはならない。
しかし、それらはあくまで「強い会社」を作るための要素の一つに過ぎない。
「できる」を「稼げる」に変換する仕組みを作ること。「やってくれたら嬉しい(態度)」よりも「やって欲しい(効率)」を評価の軸に据えること。
この境界線を明確に引くことが、現場に健全な緊張感を生み、ひいては従業員に還元できる原資を創出するのである。
本稿が、貴社の評価制度、そして組織のあり方を見直す一助となれば幸いである。
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コラム投稿者
金型・部品加工業 専門コンサルティング
代表:村上 英樹(中小企業診断士)
愛知県刈谷市 TEL 0566-21-2054
