【考察】改めて「教える」ことの価値について
はじめに
さて今回のテーマは、金型メーカーや機械加工メーカーの現場における永遠のテーマ「教育」にまつわる、教える側と教わる側、それぞれの意識についてです。
特に、社内OJTのような、先輩や上司の方々が苦労して得た知識やスキルを、直接後輩や部下に「教える」OJTなどの場面を想定しています。
さて、すでに他界しておりますが、かつて溶接職人だった私の父親は、「他人に仕事を教えたら、自分の存在価値が下がるから、簡単に教えるな」と口癖のように言っていました。
幼い頃から貧乏な暮らしをしてきた職人特有の、貪欲な思考だったのかもしれません。ですから、いつも「簡単に他人には教えるなよ!」と私に言っていました。
昔の現場でよく言われた、「見て覚えろ」「背中から見て盗め」は、そもそもこのような「教えてくれない」「教えたくない」状況下の中で、何とか仕事を覚えていくための方法だったのかもしれません。
しかし父は、サラリーマンとして働いていた頃とは異なり、のちに工場を経営する立場になってからは、その言葉を聞くことは、ほとんどなくなりました。
近年、金型メーカーや機械加工メーカーの現場においては、なかなかここまでコテコテな職人気質の人は減ってきたと思います。
ですが、それでもなお、多少なり昔ながらの職人マインドと現代の価値観が対立することもあると思われる、この業界の職場において、改めて「教えること」の価値について考えてみたいと思います。
教える側の葛藤と教えられる側の意識
現代社会において、知識やスキルは「お金で買う」ことが一般的になりつつあります。学生向けの学習塾や社会人向けの資格学校などはその典型例と言えるでしょう。
したがって極端な解釈をすれば、「教えてもらうことに感謝」というよりは、いかに自分が払えるだけの対価を支払って、欲しいと思う知識(=情報)を得ることができるか、という時代になっていると言えるのではないでしょうか。
つまり「教えてもらえることに感謝」というよりも、「教えてもらうことに釣り合う対価」が重視されるということです。
では、会社で仕事を教えてもらう部下や後輩は、それに対価を払っていると言えるでしょうか。また、奉仕やボランティアで、上司や先輩は仕事を教えていると思っているのでしょうか。
もしかしたら、そう受けとる部下や後輩もいるかもしれませんが、多くは新しく仕事を覚えること自体を、「仕事の一部」だと思われている人が多いのではないでしょうか。
それであれば、もちろん感謝の気持ちを感じるのは難しいと思います。
また、よく現場の人から聞く、「新しい仕事を覚えたら、さらにやらされる仕事が増える」という言葉です。
この言葉は、新しい仕事を「覚える」こと自体、仕事の一部だと感じていることを、よく表していると思います。
しかし、仕事で活かす知識や技能は単なる「情報」ではなく、市場価値を生み出す「飯のタネ」であると捉えることもできます。
したがって、金型メーカーや機械加工メーカーの現場で覚えた知識やスキルは、ともすれば転職の際などでも強力な武器にもなる、市場価値の高い貴重な財産とも言えます。
にもかかわらず、近年では職場において「教えてもらうのは当たり前」「教えてもらうのも仕事の一部」という風潮が強まりつつあります。時には、部下や後輩がうまく仕事が出来ないのは、ちゃんと教えてもらえていないからだという状況になることもあります。
その背景には、先ほど挙げた教えられる側の心理状況に加え、インターネット検索によって欲しい情報へのアクセスが容易になったため、仕事や勉強で苦労して得た知識などが以前よりも軽く扱われるようになってきたこと、じっくり育てるよりも、分業化された工程の中で即効的な成果を求めざるを得なくなった昨今の現場の状況などが考えられます。
しかし、こうした風潮は、教える側と教えられる側の双方にジレンマを生み出す要因となっています。
結果的に社内で「教えること自体」の価値が軽視されてしまうことがあると思っています。
この風潮を少しでも打開するために
この風潮を打開するためには、改めて、教える側と教えられる側が、きちんとゴールを共有することが重要だと思います。
まず、教える側は、単に知識やスキルを伝えるだけでなく、「教えた結果、何が出来るようになったのか」に、きっちりコミットする必要があります。
例えば、マシニングセンターの加工であれば、「1日何枚加工できるようになった」「どのような加工が可能になった」といった具体的な成果を設定し、双方が責任を持って達成に向けて取り組みます。
一方、教えられる側は、教わることを「権利」としてではなく、先輩方が苦労して得てきたものを伝授してもらえる貴重な「機会」だと捉えることが重要になります。そう思えれば、多少なり感謝の気持ちを持って、学習に取り組むことができるのではないでしょうか。
この点について、会社が社外にお金を払って受講する外部研修OFFーJTと、社内で先輩や上司に仕事やノウハウを直接教えてもらうOJTとは、やはり異なる認識を持つべきではないでしょうか。
最後に、会社全体としての取り組みについては、社員一人ひとりが「教えること」と「学ぶこと」を、今以上に価値あるものとして考えてもらうことがポイントになります。それを実現していけるような風土作りを目指していく必要があります。
具体的には、以下のような取り組みが考えられます。
- 個人差を生まないための技術の標準化
- 実戦を想定したチュートリアル教材の充実
- 「教える側」と「教えられる側」双方の評価
(「何がどれだけできるようになった」を明確にした研修後の目標管理)
まとめ
とあるクライアント企業の社長の言葉ですが、「会社は学校ではない」という言葉どおり、会社は「学ぶ場所」であると同時に「成果をあげる場所」でもあります。
教える側と教えられる側が互いにこれを意識して、尊重し合い、協力し合うことで、個々人の成長だけでなく、会社組織全体の成長・発展に繋がっていくと言えるでしょう。
読者企業の皆様も、もし思い当たるところがあれば、ぜひ社内での「教えること」と「学ぶこと」の価値を改めて見直し、教える側と教えられる側、双方が気持ちよく教育活動に取り組める環境づくりを目指してみてはいかがでしょうか。
参考になれば幸いです。
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金型・部品加工業 専門コンサルティング
代表:村上 英樹(中小企業診断士)
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